自分の苦しさの正体がつかめずもやもやするとき 幸せ体質的自己カウンセリング法 その2

目次
- ○ 自分の苦しさの正体がつかめずもやもやするとき 幸せ体質的自己カウンセリング法 その2
- ・仏教の「四諦」とは何か
- ・四つのステップで、心の現在地を知る 苦諦 集諦
- ・四つのステップで、心の現在地を知る 滅諦 道諦
- ・「諦」という字は、“諦める”ではなく“明らかに見る”
- ・仏教における「苦」は気づきの入口
- ・四諦が2600年以上前から使われ続けてきた理由
自分の苦しさの正体がつかめずもやもやするとき 幸せ体質的自己カウンセリング法 その2
皆さん こんにちは
自分らしい幸せを欲しいアラフィフが
自分の強みを見つけられる
手相と四柱推命の鑑定師、西端です。
今回も、お読みいただき
ありがとうございます。
今回も、
もやもやの正体が
つかめないときの
自己カウンセリング
について
考えていきます。
仏教の「四諦」とは何か
ときどき、
理由のわからない
苦しさに、
包まれることって
ありませんか。
胸の奥が
ざわつくのに、
何が原因なのか、
何が苦しいのか、
言葉にできない。
「気にしすぎだよ」
「もっと前向きに考えなよ」
「そのうち忘れるよ」と
言われても、
その言葉は
心に届かず、
むしろ
自分だけが
取り残されたような、
孤独が
深まっていきます。
2600年以上前から、
人々の心を
導いてきた、
ある智慧が、
あります。
それが、
お釈迦様が説かれた
四諦 したい
という教えです。
四諦は、
苦しみを消すための
魔法ではありません。
ましてや、
「諦めなさい」
という意味でも
ありません。
むしろその逆で、
自分の苦しみを、
静かに、
正直に、
明らかに、
見つめるための教え
なのです。
四つのステップで、心の現在地を知る 苦諦 集諦
四諦 したい は、
次の四つの視点から
心を見つめる
プロセスです。
- 苦諦 くたい ── 今、何に苦しんでいるのか
まずは、
症状 を
そのまま見る段階です。
・つらい
・しんどい
・不安 など、
言葉にならない感覚も
含めて、
今の自分の状態を
否定せずに、
認めることから
始まります。
- 集諦 じったい ── その苦しみの原因は何か
苦しみの背景には、
思考の癖
過去の傷
環境
人間関係 など、
さまざまな原因が
重なっています。
ここでは、
原因を
責めるのではなく、
ただ
理解する姿勢が
大切です。
四つのステップで、心の現在地を知る 滅諦 道諦
- 滅諦 めったい ── 苦しみが軽くなった状態とはどんな姿か
もしこの苦しさが和らいだら、
私はどう感じるだろう
問題が解決したら、
私はどうなりたいのだろう
そのイメージを
描くことで、
心は少しずつ
回復の方向を
見つけ始めます。
- 道諦 どうたい ── そこへ向かうための道筋
休む、
距離を置く、
話す、
書く、
手放す、
整える などなど
自分に合った“道”を選び、
少しずつ
歩き始める段階です。
この四つは、
医療の診察プロセスにも
似ています。
症状を聞き(苦諦)
原因を探り(集諦)
治った状態を想定し(滅諦)
治療法を選ぶ(道諦)
人の心と体を
理解するための、
普遍的な流れ
と言えます。
「諦」という字は、“諦める”ではなく“明らかに見る”
諦 と言う字は、
現代では、
諦める=放棄する
という意味で
使われますが、
本来の 諦 には
真理を明らかに見る
という意味が
あります。
つまり四諦とは、
苦しみを放棄する・諦める
のではなく、
苦しみを明らかに見る
ための智慧なのです。
苦しみを
避けるのではなく、
その正体を、
静かに
照らし出すことで、
心は自然と
軽くなっていきます。
仏教における「苦」は気づきの入口
仏教では、
苦
は、悪いものではありません。
苦しみは、
人生の歯車が、
噛み合っていない、
上手く回っていない
キーキーと雑音を立てている
ことを知らせる
サインであり、
歯車の不調の
気づきの入口
として
重要です。
苦しい
と感じるのは、
あなたが
繊細で、
誠実で、
心が生きている証拠。
その感覚を、
否定する必要は
ありません。
四諦が2600年以上前から使われ続けてきた理由
四諦とは、
宗教的な
儀式ではありません。
それは、
人間の心の仕組みに
沿った
問題を
あきらかに見るための、
普遍的な
手法と言えます。
・人間関係の悩み
・仕事のストレス
・自己否定
・将来への不安
・理由のわからないモヤモヤ
どれも、
四諦の流れに沿って
見つめることで、
自分の心が
どこでつまずいているのか が
自然と
浮かび上がります。
2600年前の人々も、
現代の私たちも、
悩みの本質は、
大きく変わっていません。
だからこそ
四諦は、
時代を超えて
人の心を
支え続けてきたのです。
次回も、
もやもやの正体が
つかめないときの
自己カウンセリング
について
考えて行きます。
最後までお読みくださり
ありがとうございました。
また次回、
このブログで
お会いしましょう。
